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カルチョ通信

セリエAの歴史:1906年

セリエAは、トーナメント形式からリーグ形式になりました。

1906年の3月18日のジェノアVSユヴェントス戦がきっかけで、1906年は結構面倒な一年になりました。

ユヴェントスに有利になるように審判がジャッジしたと思ったジェノア応援団は、スタジアムに入り込んで、ケンカをしかけてきました。選手もスタッフも遠慮なくケンカに参加し、審判が試合を中止にしました。やり直しになった試合はミラノで行われ、ユヴェントスが勝ちました。この結果を気に入らなかったジェノアチームは、次の試合(ミランVSジェノア)をボイコットし、ミラノの不戦勝に終わりました。

このため、ユヴェントスとミランの勝ち点が同じになり、セリエAランキングで共に1位になりました。

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セリエAの歴史:1905年

1905年、セリエAに大きな変化が訪れます。

まずFIFA(ワールドサッカー協会)から認められました。
この時からFIFAのルールにあわせて、セリエAリーグがどんどん変わっていきました。

トーナメントモードが続けられていましたが、一試合で決めるのではなく、ホームゲームとアウェーゲームの二試合で、勝ち抜くチームを決めることになりました。

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セリエAの歴史:1904年

1904年のセリエAは1903年と同じパターンでした。
ユヴェントスは再びミラン相手に準決勝を勝ち抜きましたが、決勝でジェノアに敗れました。
ジェノアのサイドバック、スイス人のEtienne Bugnon(エティエン・ブニョン)は(風のおかげもあり)フィールド中央からのシュートで

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